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最高裁判所第一小法廷 昭和51年(オ)51号 判決 1978年5月25日

上告人

橋口健一郎

上告人

鮫島節子

右両名訴訟代理人

山下卯吉

外三名

被上告人

兼松興業株式会社

右代表者

長谷川兼松

右訴訟代理人

山田靖彦

主文

原判決を破棄する。

本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人山下卯吉、同竹谷勇四郎、同福田恒二、同金井正人の上告理由第一点について

原審は、(1) 上告人橋口健一郎は本件一の土地及び本件二の建物を所有し、上告人鮫島節子は本件三の建物を所有しているところ、被上告人は本件一の土地及び本件二の建物につき昭和四五年四月二四日付の、本件三の建物につき同月八日付の各所有権移転登記を経由していること、(2) 上告人らは同年三月二六日訴外須永光一に対し二五〇万円の融資方を申し込むにあたつて、同人において第三者から金借し、その債務について上告人らを代理して第三者に対し本件一の土地及び本件二の建物に買戻特約付売買の登記による譲渡担保を、本件三の建物に抵当権をそれぞれ設定できる旨の権限を授与し、さらに上告人らが同年四月四日訴外金在九に対し一八〇万円の融資方を申し込んだ際、同人にも須永に対すると同様の代理権を授与したこと、(3) 金は同月七、八日ごろ被上告会社代表者に対し、本件不動産の所有者である上告人らより同不動産を譲渡担保に供する代理権を授与されているからこれを担保として融資して貰いたいと申し込み、上告人らの須永及び金に対する本件不動産を担保に提供することの委任状、上告人らと須永との間の同不動産を担保として他から金融を受け入れることに関する契約書、同不動産の登記済権利証、上告人らの白紙委任状、印鑑証明書等を被上告人に交付して折衝した結果、被上告人は金に六三〇万円を貸し付けることとしたこと、(4) しかし、その支払方法に関して、右六三〇万円のうち二九〇万円は当時金が金融機関に負担していた同額の債務を被上告人が代つて支払い、同じく七〇万円は金が被上告人に負担していた同額の債務と相殺し、現実に交付するのは残金二七〇万円とする旨の合意が成立し、そのころ被上告人より金に対し右残額相当の額面の小切手を交付したこと、(5) しかし金が同人自身の被上告人又は第三者に対する既存債務の弁済資金を借り受けるために本件不動産を担保に供することまでの権限を上告人らから与えられたことを認めるには足りないこと、(6) なお、上告人らと須永との間の前記契約書には、上告人らは須永が上告人らの代理人となつて本件不動産を第三者に七〇〇万円の限度内で担保に差し入れることを認める、第三者との金銭消費賃借契約は、須永が当事者となつて行うものとし、同契約に基づき借入金を受けとつたときは上告人らにその限度で転貸融資するが、借入先、借入条件は須永が単独で任意に定められる、上告人らは須永への融資者となる第三者に対し、必要があれば須永のために連帯債務者になる、との記載があること、以上の事実を適法に確定したうえ、上告人らが須永を経由して金に交付し、金が本件譲渡担保契約に際し被上告人に呈示交付した書類中には、前記の各委任状、本件不動産の登記済権利証、印鑑証明書など本件不動産につき譲渡担保契約及びその設定登記申請をするために必要とする一切の書類が含まれていたのであるから、被上告人において金に右契約締結の代理権があると信ずるにつき正当な理由があつたものとみるのが相当であり、上告人らの主張するように被上告人において金に代理権のないことを知つていたとはいえないし、また、知らなかつたことに過失があるともいえないとしている。

しかしながら、代理人と称する者が本人の白紙委任状、印鑑証明書及び取引の目的とする不動産の登記済権利証を所持しているときでも、なおその者に当該本人を代理して法律行為をする権限の有無について疑念を生じさせるに足りる事情が存する場合には、相手方としてはその自称代理人の代理権の有無についてさらに確認手段をとるべきものであるから、その調査を怠りその者に代理権があると信じても、そのように信じたことに過失がないとはいえない。原審の確定するところによれば、被上告人は、金に六三〇万円を貸し付けるにあたり、うち二九〇万円は金融機関に対して負担する金の債務の立替払、七〇万円は金の被上告人に対する同額の債務との相殺にあて、現実に金に支払つたのは二七〇万円であつたというのであるから、その貸付金の半額以上が金自身の用途に充てられるものであることを被上告会社代表者は当然に知つていたものと認むべく、他方、原審は、被上告人が右貸付にあたり金から交付を受けた前記契約書には、本件不動産を担保に融資を受けた金員はその限度で上告人らに転貸融資をする旨が記載されているなど、本件不動産を担保とする資金の借入を必要とする者はもつぱら上告人ら自身であり、したがつて、右のように借受金の半額以上を金自身の債務の弁済にあてることを予定してなされる前記貸借について、金がその担保のための譲渡担保契約を締結する代理権までを有しているか否かにつき疑問を抱いて然るべき事情のあることを認定しているのであるから、このような事実関係のもとにおいては、金が本件不動産の登記済権利証等を所持しているなど原判示のような事階があつたとしても、被上告会社代表者としては、直接上告人ら本人に問い合わせるなどして金の代理権の有無について調査すべきであり、これを怠つた被上告会社代表者が金に本件契約を締結する権限があると信じたとしても、特段の事情のない限り、そのように信ずるにつき正当理由があつたものということはできない。

しかるに原審は、特段の事情の有無について判示することなく、被上告人が上告人ら本人について直接代理権授与の有無を調査しなかつたとしても過失の責めはなく、被上告人が金の代理権を信じたことには正当の理由があるとしているのであるが、右の判断には民法一一〇条の解釈の誤り、審理不尽、理由不備の違法があるというべきで、この点に関する論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして右正当理由の存否についてさらに審理を尽くさせる必要があるから、本件を原審に差し戻すのが相当である。

よつて、その余の論旨についての判断を省略し、民訴法四〇七条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(岸上康夫 岸盛一 団藤重光 藤崎萬里 本山亨)

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